主日礼拝説教 2025年5月11日

テサロニケの信徒への手紙二 2章1~12節

「慌てふためかない」

 もし明日世界が滅びるとすれば、あなたは何をしますか。宗教改革者のルターは、「たとえ明日世界が終わるとしても、今日私はリンゴの木を植える。」と言ったそうです。どんな時でも未来を信じ、落ち着いて今できることを大切にする姿勢が表れています。
 皆がルターのように慌てふためかないでいればよいのかもしれませんが、そううまくいかないのが人間です。テサロニケの教会のある者たちは、「主の日は既に来てしまった」と動揺していました。どのような意味で、主の日は既に来てしまったと言っていたのかはよく分かりませんが、テサロニケの信徒たちは分別を無くし、慌てふためいていたのです。そのようなテサロニケの教会の状況を聞いて、パウロは第二の手紙を書き送ったと書いています。パウロは、テサロニケの信徒たちに、「すぐに動揺して分別を無くしたり、慌てふためいたりしないでほしい」と言います。そして、主の日はまだ来ていないことの根拠として、滅びの子が出現していないことを挙げています。これはイエスさまが再臨について語られたことを根拠としています。
 また不法の者はまだ現れていないが、不法の秘密の力、サタンの力は既に働いているとも語ります。またこれを抑えるものがいるとも語られます。抑えるものが何なのかは様々な解釈がありますが、例えば国家、当時で言えばローマ帝国などと考えられています。
 しかし、その働きが取り除かれるときがやがて来ると言うのです。国家が無くなって、無政府状態になれば、そこが無法地帯になってしまうことは、歴史が示している通りです。
ヨハネの黙示録13章に、この世の終わりの前に現れる二匹の獣について語られています。それぞれがキリスト教を迫害しだしたローマ帝国やローマ皇帝のことを指していると解釈されています。ヨハネの黙示録が書かれた時代は90年ごろと考えられており、皇帝崇拝が強要されるようになったころです。ローマ帝国をパウロが言う自らを神とする不法の者として描いているのです。
 不法なものを抑える役割を果たしていたローマ帝国が、その力と与えられた権威を乱用してしまうと、ヨハネの黙示録に描かれているローマ帝国のように、不法の者へと変わってしまうのです。私たちにとってのローマ帝国とは何でしょうか。目に見える財産や伝統、権力や数字の大きさなどでしょうか。それらのものは神さまからあたえられている恵みです。しかし使い方や頼り方を間違ってしまった時、それらは私たちを偽り、滅びに導くものになってしまうのです。
ただ、不法の者を抑えるものがなくなった時にイエスさまが再臨し、圧倒的な勝利を収められる希望が私たちにはあります。ではなぜ不法の者にだまされてしまうのでしょうか。パウロは「自分たちの救いとなる真理を愛そうとしなったから」と語ります。ここでの真理は、福音の真理であり、イエスさまのことです。私たちにはイエスさまが再び来られるという大きな望みがあるのです。
 テサロニケの信徒への手紙が書かれた時代であっても、現在の私たちが生きる時代であっても、サタンは神さまから私たち人間を引き離してしまおうと、あらゆる手段を使ってきます。だからこそ私たちはすぐに動揺して分別を無くしたり、慌てふためいたりしないよう気を付けたいものです。そのためにも、聖書にしっかりと聞き、神さまの御心を知り、神さまの御心が成るよう共に祈りましょう。そしてイエスさまがいつも共にいてくださることを忘れず、感謝をもってこれからも歩んでいきましょう。

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